塩川伸明『民族とネイション』岩波新書新赤版、2008年

id:Mukkeさん一押しの1冊。今年ようやく積読から解消したのだけれど、最初に手に取って前半を斜め読みしたのは5年前の秋のはずで、長いようであっという間のような5年間なのであった。

という個人的な感慨はさておいて、本書を振り返っていくとしよう。

まず特色の第1として、本書がナショナリズムを主題としつつも、同時に歴史研究者としての著者の視点から、総論以外は19世紀・第一次世界大戦から第二次世界大戦後・冷戦後の3つの時期の歴史として記述されていること。

これは特色の第2として、いわゆる西洋もアジアもなく、ラテンアメリカから中央アジアまで縦横無尽に各地の事例を挙げていることと結びついており、かなりの難事をさらりとこなしていると言わなければならない。

確か以前本書について、Mukkeさんはチベットに関する参考文献について批判を展開されていたと思うけれども、私が言及で一番ツッコミたくなってしまったのは、明治維新及び近代日本に関する三谷博だったりする。「読書案内」で安丸良夫駒込武と一緒に挙がっていると、不遜にもウーン、という気がしてしまう。食わず嫌いと言われればそれまでではあるのだけれど。

個人的に面白かったのはベトナム(著者は「ヴェトナム」で通している)とモルドヴァの部分で、単に旧ソ連社会主義圏の事例に詳しいというのではない、ソ連史研究者として社会主義と民族との関係という問題に向き合ってきた、著者の視点が反映されていた部分だったように思う。

岩波新書編集部への期待として、本書を受けて今度はローカルな地域の視点(例えば都市や国境地帯、海)から「民族とネイション」を考えるような世界史の新書を出して貰いたいところ。もっとも本書の著者のように、真に「世界史」と言い得るレベルの守備範囲をカバーする執筆者を探すのは、やはりなかなか大変なのだろうけれども…。