日本学士院会員の日本学術会議会員経験について(第1分科の場合)

 日本学術会議会員の任命を巡る一連の事態については、まず6名のみを任命拒否する際に学問業績や政治的・思想的言動への行政側の恣意的な介入があったとすれば到底許されることではないと考えますし、そういった点を説明するに足るだけの情報公開や公文書管理がしっかりと行われているかといえばやはり非常に心許ないです。

 日本学術会議は学問の自由の対象に含まれない、と今回の介入を正当化する方々が、では仮に明らかに学問の自由の担い手である大学に対して政府が同様の恣意的な介入を行ったらどうなるか、という問題を考えた時に、なにゆえ政府が大学に対しては介入しないだろうと安堵して納得できておられるのかが不思議であり、学術会議への介入に躊躇しない政権がはたして大学への介入に躊躇するだろうか、とは感じざるをえないところです。

 資金を提供しているのだから唯々資金提供側の意向に沿えというのは下衆の論理だと思いますし、単なる徴税配分機構であり国民全体への奉仕者たるべき政府が政府のためという目的を研究に持ち込むようでは、公的な研究なり文化振興なりの目的は政府の為ではなく国家と国民全体の為という最低限の建前すら喪失したように思えてなりません。

 そして普段は中国や北朝鮮の政治体制・基本的人権の侵害を問題とする自称愛国似非保守界隈が、自国の政権については政府批判への反発から自由のことは忘れたかのように政権擁護・学界批判を展開しているのも何だかなあであります。

 さて、そういった政権擁護・学術会議批判において少なからぬ位置を占めたのが、日本学士院の終身年金を今回の問題と絡めて学界の「既得権益」として批判する主張でした。長島昭久衆議院議員、音喜多駿参議院議員、門田隆将、高橋洋一などなどによって展開され、フジテレビの平井文也上席解説委員によるテレビ番組内での言及でその流布は頂点に達した感があります。

 この議論が任期制・70歳定年で210名の定員である日本学術会議と、終身制で定員150名の日本学士院という、全くの別組織を敢えて混同させ、かつ制度面でも学士院会員の就任要件に全く学術会議会員経験が盛り込まれていないように直接的な関係が無いという点を無視した実に雑な批判であることについては、既に多くの反批判が為されております。例えば政治哲学・政治思想史の分野で言えば、南原繁福田歓一は学術会議会員と学士院会員の双方の経験者ですが、丸山眞男は学術会議会員の経験が無く学士院会員となっています。この点に関し、完全に両組織を混同した細野豪志衆議院議員は投稿削除・陳謝に至っています。

 

 さて制度面での両者の関係の薄さは明らかですが、でも日本学術会議会員経験者が日本学士院会員に良く選ばれていてやはり「既得権益」なのではないか、という反論があるようです。例えば高橋洋一はルールとしてではなく「そういうことがよくある」というレベルでは未だ両者を結び付ける批判は成立するという立場は放棄していないようです*1

 実際のところ、日本学士院会員はどの程度日本学術会議会員の経験者なのでしょうか。制度面での関係は薄くとも、実際にはある程度学術会議会員経験者が学士院会員となっているのかどうか、前置きが長くなりましたが本記事の目的はそこを調べてみるという点にあります。

 以下は、日本学士院第1分科(文学・史学・哲学)の学士院会員26名に調べた中間報告です。

 

第1分科 定員30名 欠員4名

現会員は26名

その内、

日本学術会議会員経験者 4名  (久保正彰・青柳正規苧阪直行松浦純)

日本学術会議連携会員経験者 3名 (伊藤貞夫・深沢克己・塩川徹也)

会員・連携会員の経験なし 19名 (中根千枝・原實・田仲一成・荒井献・武田恒夫・斯波義信・久保田淳・吉川忠夫・御牧克己・難波精一郎・玉泉八州男・間野英二・田代和生・興膳宏・揖斐高・川本皓嗣・東野治之・佐藤彰一・伊藤邦武)

 

 定員210名の学術会議会員に対し、1000人以上いる連携会員は今回十分には調査できておらず、もしかすると経験なしとした何人かが連携会員であった、という可能性はありますので、その点でもあくまでも中間報告です。ただし、『官報』に当たったので、日本学術会議会員の経験者は確実であり、もしも4名以外の22名が学術会議会員だった履歴をご存知の方は、宜しければ『官報』の掲載号や学術会議の名簿、就任年などをお伝え下さったら訂正いたします。

 

 以上から明らかですが、連携会員まで含めても学士院会員は意外に学術会議での経験を経ずに任命されています。26名のうちのたったの4名しか学術会議会員を経験していないのに「そういうことがよくある」とはとても言えませんし、この状況でどう学士院は学術会議の「OB組織」「兄弟組織」と言えるのか、全く事実に基づかない雑な議論を政権擁護派が展開していると改めて言わざるを得ないです。

 勿論第1分科以外の分科でこれと同様の傾向が見られるかどうかは別ですが、とりあえず第1分科に関する中間報告でした。