書評 稲田義智『絶対に解けない受験世界史:悪問・難問・奇問・出題ミス集』

稲田義智『大学入試問題問題シリーズ1 絶対に解けない受験世界史:悪問・難問・奇問・出題ミス集』社会評論社、2014年

本書は、これまで大学の入学試験科目「世界史」で各大学が出題してきた入試問題について、著者がウェブ上で試みてきた評論を基に、「悪問・難問・奇問・出題ミス」を集成し、著者による解説を加えた1冊である。

これまでの歴史教育研究において、取り上げられてきた対象は基本的に授業実践と、教科書の記述内容であったと言って良いだろう。そういった状況の中で、本書は大学入試問題を題材として世界史教育について問題提起を行ったという点に大きな特色があると言える。

近年歴史学界においても、例えば日本学術会議関係の研究者による、「歴史基礎」に関する取り組み等のように、大学入試や高大接続といった視点から歴史教育の再検討を行っているという動向が見受けられるけれども、そういった状況とも呼応しうる、独自の位置を占める著作であることは疑いない。

本書は基本的には、入試問題の中でも内容の疑問視される、時によっては大学或いは出題した歴史研究者としての大学教員の責任が問われかねない問題を取り上げており、かなり特殊な事例を集めた構成であることから、大学入試における世界史という科目一般を扱った訳ではないという批判もありえるかもしれない。しかし、もはや例外視することが難しい程に、余りにも悪質な事例が続発していることを豊富な実例と的確な分析に基づいて提示し、かつ世界史教育と歴史学の基本的な考え方を土台としてその改善を模索していることから、世界史教育全般に対する考察を行っている一書として、本書を評価することが出来る。とりわけ、(「職業的な歴史研究者」という考え方を肯定する訳ではないが)大学に所属する歴史研究者以外によってこういった試みが行われた点は、大きな意義を有すると考える。

本書はウェブ上での記事を再構成しているということもあり、時には著者の趣味やかなり砕けた表現が散見されることも事実であるけれども、その点は必ずしも本書が学術的ではないことを意味しないのであって、むしろ教科書や用語集といった教材から剽窃に近いような借用を行いながら、史実との照合さえ行っていない出題者を告発する解説の場合には、史実への接近という点で極めて研究的な姿勢と、世界史教育に対する真摯な姿勢とが認められる。

評論という形式が生んだ、メタ的とも言える解説の良さは、出題者・教科書・用語集・各予備校による解答速報・過去問題集といった、多次元的な評論対象を縦横無尽に辿りながら、かつそれらの妥当性を個別に鋭く評価するという、相対化という点に表れているのではないか。

以上のような意義と特色を有する本書について、課題ないしは疑問点と思われる点を提示しておくと、まず構成面では、問題集に準じる形を取って出題年と大学とによって区分が為されているため、扱われている史実の時代或いは地域・分野から個別の問題に接するということが、極めて難しくなっている点が挙げられる。索引ないしは、扱われている内容・分野を明示するような細目次が存在すれば、その点はかなり補われたと思われるだけに残念である。

第2に、個別の出題内容に関しては、日本史・地理・倫理・国語等の他科目での出題・学習内容との関係を的確に踏まえつつ評論が展開されているのに対し、大学入試における世界史という科目自体の位置づけ、他科目との関係は意外に論じられていないように思われる。極めて単純な問いとして、同じ地理歴史科内部での日本史や地理との対比、或いは英語や国語といった他教科との比較、といった観点から受験世界史の特質を論じる視座もあり得るのではないだろうか。また本書の主題でないとはいえ、受験に世界史を用いるということ自体が既に生徒による選択の結果であり、とりわけ世界史に関しては2000年代に未履修問題が発生していたことも踏まえると、科目自体の履修状況や大学入試における選択状況等については、概要程度でも著者の見解を提示した方が良かったのではないだろうか。世界史Aが余り採用されなかった経緯や、国公立大学の二次試験での論述問題の減少と論述問題に対する受験生の意識等々、本書でも時折言及されていた領域であるだけに、更に掘り下げて欲しかった。

第3に、入試改善のための最終的な提言が、大学の歴史研究者・教科書会社に対してであり、高校で授業を担当する歴史教育者に対しては特に向けられていないことに、若干疑問を感じざるを得ない。最大の責任が出題者たる大学の教員にあることは明らかであるし、私自身、歴史教育者と授業実践とが占める部分が従来の歴史教育論において大きい中で、本書の独自性を評価しているので、この点を要求するのはどうかとも感じている。ただ「高校世界史」と「受験世界史」との間には乖離が厳として存在しているにしても、出題と教科書記述の改善がなされたとして、受験生を取り巻く要素としての授業と教師とは、なお少なからぬ位置を有するのではないだろうか。そういった改善に沿って、受験生・生徒の世界史の学びを支えていく教師に求められることについて、見通し程度でも示されていれば、なお良かったのではないだろうか。

以上のような点が想起されたけれども、著者は十分に意義のある問題提起を行うと同時に、世界史教育への揺るぎない期待と世界史の面白さを解説を通じて示しているのではないだろうか。本書が世界史教育と歴史学に関心を有する人々に共有され、更なる様々な試みが生まれることに期待したい所以である。

(※本記事は全般的な内容だけとなってしまったので、具体的な内容に関する感想や余談めいた事項については、別記事にて掲載する予定であることを申し添えておきたい)