読んだ本 岡田暁生『西洋音楽史』

 別に音楽史に限ったことではないが、過去の人物や事件のそれぞれについて記述したものを単純にまとめただけで「歴史」を記述したつもりになっている本は少なくない。そういった形式の、事典或いはアンソロジー風の本にも優れた物が存在するのは確かだけれど(それこそ史記の列伝などにまで遡れるような伝統もあるだろう)、同時に個々の人物や事件の記述に終始しない過去の記述という物も読みたくなってくるものだ。勿論それは具体的な記述を省き何となく抽象的にそれらしいことを云えば良いというものでもなくて、あくまでも具体的な対象から全体の構造やその捉え方を、理論的な考察に基づいて具体例を語っている方がより面白いということは多くの場合にあてはまるだろうと思う。
 
 さてここまでそれこそ抽象的な話を綴ってきたのは、本書が単なる名曲と名作曲家の紹介・羅列を避けることによって西洋音楽(特にクラシック音楽)の歴史を描くことを試みているからで、作品紹介と作曲家の伝記的な話に飽きている人にはお薦めできる。また高校世界史教科書の文化史のページのように、どうしてもものすごい数の人名・作品名を取り上げて終ってしまいがちな芸術の歴史について、音楽それ自体の歴史とそういった音楽を生んだ社会の歴史を絡めて論じている点も本書の魅力であり、音楽それ自体には余り興味が無く西洋近現代史や近代思想・現代思想に興味が在る人々にも充分読めるだけの記述になっていると思う。ただし、アドルノなど個々の話はともかく全体としては所謂「西洋史」「西洋思想」との橋渡しは余りなされていない感があるので両者をつなげる視点は必要になるかもしれない。
 
 コンパクトに纏めることを企図した「一筆書き」の記述なのは読み進めやすいという側面が強いのでともかく、せめて年表は付けて貰いたかったところ。或いは藤森照信『日本の近代建築』上・下(岩波新書新赤版、1993年)に載っているような、諸潮流や作者を図式的に配置した年表が一つぐらいあっても良かったかもしれない。