岡崎武志『古本でお散歩』

そもそも古本に関する本を読んだことのある人間は、読書する習慣のある人の中で1割にも満たないであろうから、古本本を複数読んでいる当方などは古本本に関してはまあ一応は有段者だろうと思わなくはないのだけれど、しかし岡崎武志ちくま文庫から出ている著作については、正直区別がつかない。この本がちくま文庫から出た最初の1冊で、それも書き下ろしであることを読みだしてから知ったという迂遠さである。

本書は最初の文庫本だけあって、岡崎古本話のエッセンスが詰まっている。
まず第1に、古本マニア以外の、古本初心者を意識した文章を書くということ。最初の数編、例えば「落語『古本屋』」など、初心者・入門者向けの文章は後の『古本道入門』中公新書ラクレ、2011年に結実する内容となっている。そういえば彼の職歴には、高校の国語教師もあったりするのだ。

第2は、関西出身者として、関西に関する話題に強いということ。どうしても東京の話題が中心となる分野だけれども、京都在住の古本屋店主による山本善行『関西赤貧古本道』新潮新書、2004年と共に、関西の読者向けと言える。しかし藤沢桓夫とか秋田実ってそんなにマイナーなのか、と感じてしまった当方は、実は将棋雑誌という意外なところで両者の名前を知ったのだった、ということも再認識したりしたのだった。

もっとも関西に関する本に目が向いたのは意外に遅かったというのはちょっと意外で、きっかけは1920年代の関西モダニズムの再評価に接したからだという。ここで第3の特色、昭和初期のモダニズムへの傾斜がある。1920年代から1930年代ぐらいにかけての本が面白いのだという。成程「エロ・グロ・ナンセンス」の時代であり、本書で取り上げられる珍本に、戦後の物も含めて性関係の話題や滑稽な話が少なくないのも納得というところ。もっとも「グロ」はほとんどないのも、著者の嗜好かもしれない。

珍本紹介の中には何と表題に動物名が含まれているもの、というさすがのどうでも良さの話もあるが、古本本マニアには是非「歴史は犬で作られる」を読んでほしいところ。と言うのも、ある本を都丸書店の棚から買っておいて欲しいと依頼する相手が、夜型で昼近くまで眠っている高円寺在住の友人「O氏」という、古本本好きには一発で誰だか分かる人物との、電話のやり取りまで生々しく描いているという、2000年代初めの貴重な記述となっていたりするのだ。

そういえば軟派テイストの多い本書の中で、「コートにすみれを」は、「なぜ君は詩を読まないのか」という一文で始まる実に硬派な文章だったけれど、詩に対するこの高踏的と見えなくもない感覚は、著者とあちらのO氏に共通しているのかもしれない。それからO氏の最初の文庫本も同じちくま文庫で書き下ろしでしたね、という訳で全国の古本本マニア必読の文章も含まれていることを、重ねて記しておこう。