大塚信一『理想の出版を求めて 一編集者の回想 1963-2003』

  • 大塚信一『理想の出版を求めて 一編集者の回想 1963-2003』トランスビュー、2006年

 岩波現代文庫や、現代文庫に再録されている物も多い同時代ライブラリーのラインナップを眺めていて、何となく「岩波らしくない」本を見かけることがある。著者は古典教養主義の本流たる岩波書店の中にあって、山口昌男河合隼雄木田元等々の著作を担当し、この「岩波らしくない」潮流を形成した編集者である。

 これでもかと列挙される書名と著者の羅列についていけないという読者も想定されるけれども、一人の編集者がどのくらいの著作と著者を担当しているかということを知ることが出来るし、ことごとく匿名にされてしまっても逸話として全く面白みがないだろうから、これはこれで良しとするべきだろう。


 作家・小説家や漫画家以外の、哲学・社会学文化人類学・芸術等の分野の研究者や評論家の本を担当する編集者について、こういったまとまった記録が出ることは多くないし、個々の本や原稿に関するディレクター的な側面だけではなく、研究会の組織やシリーズ物の企画といったプロデューサー的な側面も取り上げられている点にも特色がある。

 著者は『思想』・岩波新書・単行本や講座・雑誌『へるめす』等々を担当した後、役員を経て岩波書店社長を務めているが、本書では出版社の経営や出版界一般に関する話題は余り取り上げられず、専ら「一編集者」として編集と出版の現場の話が語られており、この点に私は好感を覚えたけれども、表題だけではいささか一般論的な出版論・出版社経営に関する本と見られてしまいそうで、少し勿体ないような気もする。