『まんが 羽生善治物語』

日本将棋連盟監修、高橋美幸原作、まきのまさる画『まんが 羽生善治物語』くもん出版、1995年

ヒカルの碁』という一大ヒット作を擁する囲碁漫画に対して、近年『3月のライオン』が登場した将棋漫画だけれども、これは将棋漫画の中でもかなりの奇書である1冊と言って良い。

何せ、公文式が宣伝を兼ねて羽生善治の半生を漫画化してしまった、というこの1冊、今後再販されるとも思えないので、将棋ファンは1冊持っておくとそれなりの珍品となるかもしれない。私は小学生の頃ブックオフで立ち読みしたことが1度あっただけで、古本屋で実物にお目にかかったのは2度目である。

かつて羽生は「やってて良かった公文式」のフレーズで公文式のCMにも出演しているけれど、元公文式の受講者の一人で、本書でも教室での様子が結構詳しく書かれていたりと、漫画としての構成はご愛嬌というものだ。

ただ将棋ファンからすると、あれこれツッコミながら読むにはなかなか面白い。小学生時代からのライバルとして森内俊之はしっかり登場しているけれど、作画のせいか鈴木大介のように見えてしまう。それでも後に9度名人戦を戦うことになる森内については、まだ小学生時代からの関係が的確に捉えられている方で、佐藤康光となると妙に作画も老けているし、多分佐藤については取材が追い付かなかったのか口調も性格もだいぶ実際とは違っているようだ。中村修だって何と眼鏡ナシで登場しているのだけれど、彼が眼鏡を掛けていない時期があっただろうか。

3月のライオン』で間口の広い将棋漫画を作り出してくれた羽海野チカには悪いのだけれど、羽生世代のA級棋士たちの個性の強さと言ったらかなりのもので、例えばいろは坂事件1つとっても、実際の逸話が漫画みたいなので、誰か羽生世代についてしっかりと取材した実録調の作品をもう一度描いて欲しいところだ。

ただ将棋連盟監修だけあって、巻末の将棋界と将棋用語の解説だけは結構的確な内容なのも面白い。

それにしても、事実は小説より奇なりと言うべきか、本書は実は羽生が1995年に最初に七冠獲得に挑戦し、谷川浩司王将戦で敗北した時点までを取り上げたもので、この翌年羽生は六冠を連続防衛した上再度王将位に挑戦、七冠制覇を成し遂げてしまうのだった。

そして1995・1996年から20年経って、羽生善治が未だ四冠であり、更には来年の王将戦での結果次第では五冠への復帰もありえるという、将棋界の第一人者であり続けていることこそ、20年前のこの漫画の読者たちにとって最大の驚異なのかもしれない。