『君の名は。』(2016年)の鉄道描写 或いは二度見のすすめ

以前書いた『君の名は。』の記事(http://d.hatena.ne.jp/shigak19/20160904/1472915838)で、推測扱いだった鉄道描写について確認する為に、『君の名は。』のロードショーに再度行ってきた。

結論から言うと1回目で見逃したり推測を誤ったりした点が多々あった訳だが、2回目の方が1回目よりも楽しめた。脚本構成の問題点は既に分かっているし、ハードルをむやみやたらに上げることもないのと、全体像や設定を気にせずに映像を眺める時、この作品のそれぞれのシーンはとても良く出来ていると言えるからだろう。

という訳で、『君の名は。』を楽しみたい人には、2度観に行くことをお勧めする。

…さて、二度目は如何でしたか。
いやー、最後の主人公男が主人公女と上野駅のホームですれ違い、まさに「あけぼの」の発車直前に気付く辺りが良かったですねえ。

…という記述が大嘘だと気付いた方だけ、お読み下さい。警告致しましたので、以下はネタバレありです。


脚本構成がどうにも疑問で、全体の構成で一本筋が通っていればもっと面白い良作だったのは間違いないのにとは正直改めて感じたが、前回その点は色々と書いたので、そちらをご参照頂くということで今回は設定・構成については触れないことにしたい。

全体の設定・構成を度外視すると、細部の脚本つまり個々の台詞にしても、シーンごとの作画にしても、かなり良く、作画と美術は全編かなりの高水準を維持しており、この点だけでも一見の価値があるとは改めて感じた。

個々の台詞や描写もそれぞれ上手く、例えば四葉が普段は「ご・は・ん」で、御神体行きの日だけ「い・く・よ」と三葉を起こしている辺りなどきめが細かく、次のシーンで休日なのになぜ制服を着ているのかと問う伏線にもなっている。瀧が授業中に糸守の記憶を必死に絵に描くシーンは繰り返しがあるのだが、2度目の時周りの生徒たちは疲れてぼーっとした描写になっており、瀧が絵に長時間没頭し続けていることを1カットで表している。

OPの初めに、瀧と三葉が頭一つ背が違う次の絵では同じ背になっており、これなどは2回目で初めて分かる、3年間の時間のずれを細部でしっかりと描いたもので、正直細かさに感心してしまった。

しかし、どうも作中の組紐ではないが、個々の糸の組み方自体はかなり繊細で巧みなのに、肝心の最後の紐の収束が上手くいっていない、糸全体を貫く大きな構図が余りしっかりしていない、このために多くの飾りが飾り止まりに終わってしまっていると改めて感じざるを得なかった。


さていよいよ鉄道描写について振り返っておこう。

まず冒頭部、ラストシーン時の姿の二人が描写されるシーンで、新宿駅と思しきターミナル駅に出入りする列車が描かれるが、ここでは二人が乗車する直接的な描写はない。

次に、三葉が最初に瀧に入れ替わった日、バイト帰りにやや空いた車内に座りながらスマホを操作する図がある。ここで重要なのは、瀧に入った三葉(以下単に三葉)が覗くスマホの中身で、路線情報と思しき画面で新宿駅発代々木駅経由の情報が表示されている。

今回観返して確定した推測として、瀧の最寄り駅は、奥寺先輩との「デート」について待ち合わせ場所を単に「駅前」と三葉が申し送っているがその待ち合わせ場所は四ツ谷駅前であること、またその予定を知らず慌てて出発した瀧が徒歩で四ツ谷駅に向かっていること、瀧が飛騨の糸森に落ちる彗星を屋上から眺める時、新宿の高層ビル群の先に彗星が落下していく、つまり瀧の自宅は新宿より東であること、以上の諸点から四ツ谷駅と断定して差し支えあるまい。終盤で奥寺先輩が久しぶりに瀧を訪ねる時、集合場所に四ツ谷駅を指定し近くまで来たからと言っていることも、瀧の生活圏内に四ツ谷駅が在ることの傍証だろう。

その点から、この夜三葉はバイト先のレストランを出発し、新宿駅から列車に乗って四ツ谷駅まで帰ったと推測される。ただそうすると妙なのは、わざわざ代々木駅で山手線から中央・総武線各駅停車に乗り換えている点である。

これは、新宿駅では同じホームで隣り合っており乗り換えも容易な両線が、代々木駅では別ホームになっており乗り換えに時間の掛かることを、東京生活に慣れていない三葉が知らずに、つい路線図通り代々木駅まで行ってから中央・総武線各駅停車に乗り換えた、とすれば行動自体は別にそう奇怪でもないが、問題は最短経路を表示するはずの路線情報が、なぜわざわざ乗り換え時間のかかる代々木駅経由の経路を提示しているのか、である。

本来路線情報は新宿駅-四ツ谷駅間の直通経路である中央線快速電車か、時間的にちょうど良い快速がないのならば最初から新宿駅で各駅停車に乗ることを提示していなければおかしいはずである。瀧の自宅が四ツ谷に在り、新宿方面から四ツ谷に帰宅することと、三葉が東京の鉄道事情に疎いことの両方を描写する為にわざわざ路線情報のカットを入れたと思われるが、路線情報が不正確という、鉄道の観点からは中途半端な描写になったようだ。

次に新幹線の描写は、これは前回書いた疑問そのままで、東京発名古屋行の下り東海道新幹線では3人掛けシートは進行方向左側つまり太平洋側に在り、陸側の進行方向右側に2人掛けシートが在り、というのが実際なので、作中では進行方向右側に3人掛けシートがあるのは逆である。

同様に、名古屋発に乗ったと思しき三葉の上京時、進行方向右側が2人掛けシートらしき(こちらは直接は描写されていないが)構図なのも実際とは逆であろう。

三葉は上京後、駅のベンチでくたくたになっている所を、入線してきた総武線各駅停車に瀧が乗っているところに出会い乗り込むが、この駅は柱の「よよぎ」から代々木駅で確定であり、実際に代々木駅中央・総武線各駅停車の千葉方面行きホームと同じく薄い壁がある。

さてその後三葉は瀧に話しかけるも3年間のズレの為怪訝な顔をされ、いたたまれずに列車を降り別れるのだけれども、このシーンでの問題は、瀧と三葉が別れるのは列車の入線するシーンから四ツ谷駅だと明示されており、なぜか三葉は降りるのに最寄り駅の瀧が降りない点であろう。本来ならば四ツ谷の手前、代々木より後の千駄ヶ谷信濃町でならば三葉のみが降りても不自然ではなかったのに、なぜ瀧は最寄り駅で降りていないのか、納得のいかないシーンで、恐らく入線するカットを四ツ谷駅としてしまったことに無理があったのではないか。


観返すと代々木駅は良く登場する割に、疑問点も残る描写が多い。

1番線 片側が壁 山手線外回り 新宿・池袋方面行き

2番線 3番線とに挟まれた共有の島式ホーム 山手線内回り 渋谷・品川方面行き

3番線 2番線とに挟まれた共有の島式ホーム 中央・総武線各駅停車 新宿・中野方面行き

4番線 片側が壁で、1番線と対になっている 中央・総武線各駅停車 千葉方面行き

三葉の表示した路線情報が、仮に山手線から各駅停車への乗り換えだとすると、なぜわざわざ2番線に着く山手線から、一度階段を上り下りして4番線に出ないと行けない代々木駅での乗り換えを提示していたのかは既に述べた。

就活中の瀧が、明らかにがらがらの平日昼間の総武線各駅停車に乗っていて、三葉らしき後姿をホームに認めて代々木駅で降りる。この描写、駅の構造はあっていて瀧は2・3番線の島式ホームと壁で囲まれたホームのどちらかを見渡しているが、問題は四ツ谷方面からだったのか、新宿方面からの入線だったのか、という点である。このシーン、直前にやはり新宿駅らしき描写が入っていたので新宿駅発代々木駅着という構図かと思いきや、瀧は明らかに2・3番線ホームに降り立っているので、それでは本来前述の三葉が座っていた4番線に入線しないと話がかみ合わなくなる。従って、新宿駅らしき描写は無視して、四ツ谷駅方面からやってきた瀧が2番線に降り立ち、2・3・4番線を見渡す、とすると辻褄は合う。

そもそも新宿からにせよ四ツ谷からにせよ、なぜ瀧が快速ではなく各駅停車に乗っているのかという疑問も出せなくはないけれど、まあ就職活動で気が滅入ってのんびりと各駅に乗りたくなったとしても不思議はあるまい。

ラスト、新宿駅らしき風景、湘南新宿ラインらしき列車がまた見えるが、結局冒頭部と同じで、これは新宿駅から三葉と瀧が乗車した、という直接的な描写ではない、と理解する他ない。

前回当方はこの描写から、二人は共に新宿駅発と推測して、代々木駅南方で山手線と総武線各駅停車が並走したと書いたけれども、観返すと三葉は千駄ヶ谷駅総武線各駅停車を降りたのは間違いないが、どうも瀧は新宿駅南口で降りたようなのと、並走シーン自体で思ったより双方の車体が離れず、また双方の車体が何線かは不明であった。

よって、四ツ谷駅を出る中央線快速に瀧が、総武線各駅停車に三葉が乗っていて、千駄ヶ谷駅新宿駅から共に歩き回って奇跡的に再会するという、更に広範囲での奇跡だった、ということになるのだろうか。

結局、湘南新宿ラインも含めた新宿駅らしき風景が、瀧と三葉の乗車経路自体と関わるのか不明瞭なのが難点で、新宿駅なのに京浜東北線らしき車体が描写されていたり、瀧の最寄り駅が四ツ谷駅なのは確定的なのを見ると(四ツ谷駅からと新宿駅からでは進行方向は当然逆になる)、鉄道の経路的な正確さを余り意識した描写でもなく、二人の行動とも別個の風景として新宿駅が点描されていた、という推測が妥当なようだ。

もともと新海誠自身が、鉄道ファン的な鉄道好きではなく、単に風景として鉄道が好きと語っているように、『君の名は。』の鉄道描写も、新宿駅から四ツ谷駅辺りを舞台としながらも、必ずしも地理的に正確ではないし、新宿駅の風景にしても、全ての列車が同じタイミングで全て動いている辺りは、場面の尺の都合もあるにしても、実際には入線済みで停車中の車体があったり、少しずれて重なったりするのが自然なところで、余りリアリティを追求していない感じである。これは風景描写にも反映されていて、新宿に統一されているかと思いきや、今回初めて厚木行きの標識と背後にあおい書店があるのはどうも渋谷らしいというカットがあったりしたのにも気付いた。

Z会の「クロスロード」以来、中央・総武線各駅停車と、それから中央・総武線の並走する御茶ノ水駅なり四ツ谷駅なりに風景として監督のこだわりがあるというところだろうか。

アニメ映画の鉄道描写として、当方が一番好きなのは高畑勲監督の『おもひでぽろぽろ』で、最後に主人公がローカル線を降りて戻っていくラストシーンも良いけれど、何といっても寝台特急あけぼのの描写が圧巻で、薄暗い上野駅への入線シーンといい、山形駅に到着する時のシルエットの描写といい、いかにもマニア的だった。

鉄道描写に限らず、『おもひでぽろぽろ』は都市と農村部の対比といい、色々と比較できそうなのに案外『君の名は。』談義では参照されないものだなあとも。

ところで「古川図書館」として飛騨市図書館らしき図書館の描写が在り、なかなか綺麗な館内の様子はともかく、どうも作中では在住でも通学・通勤でなくても利用者登録をして雑誌まで含めた資料を借り出している辺り、現実より一段サービスが進んでいる様子。また終盤で就職活動中の瀧が都内の中央館クラスと思しき館で資料を読むシーンもあったけれど、あちらにはどこかモデルがあるのだろうか。