日本将棋連盟の不正疑惑への対応と棋士処分について

三浦弘行九段に対する処分と疑惑の公表から2日経ったが、事態は終息に向かうどころかなお混迷の度合いを増しているようにさえ見える。

橋本崇載八段はツイッターで、ソフト使用の不正、ソフト指しがあったと断言したものの、やはり決定的な証拠が提示された訳ではなく、これは単に騒ぎを大きくする火に油、幕間狂言といった感がある。

日本将棋連盟、特に常務会の構成員たる理事たちの対応が最重要であることは既に前回書いた通りだが、報じられている追加の報道に接すると、期待した対応と真逆の言動が目立つのはなお残念である。

前回の記事以降の新たな報道内容としては、

  • 三浦九段の不自然な離席、ソフト使用・ソフト指しについて、疑義は複数の棋士から提示された
  • 常務会による三浦九段への聴取には、渡辺明二冠も同席した
  • 常務理事の島朗九段による13日の会見では、聴取の根拠として離席以外の要素もあったことが述べられた一方で、理事会は三浦九段に対して更なる聴取、処分を行うことを考慮しておらず、三浦九段の復帰後の対局で「範を示す」ことへの期待を述べた

といった点が主な事項として挙げられるだろうか。

まず1点目、疑義が複数の棋士から寄せられたという点は、疑惑の大きさを広げはしたものの、不正行為の立証には相変わず寄与していない。

2点目、三浦九段への聴取への渡辺二冠の同席について、報道では単に同席した事実が報じられているだけなので、現時点では推測も交えての論評になるけれど、これは理事会の対応としては疑問符である。

渡辺二冠については、今回の疑惑に関する疑義の告発者の一人ではないかという推測が示されていたが、新聞報道での処分は止むを得ないというコメントに加えて聴取に同席したことで、その可能性はかなり高いことがはっきりしてきた。

渡辺二冠は10月3日にA級順位戦で三浦九段に敗れたばかりで、竜王戦で三浦九段の挑戦を受ける予定だったので、疑義の告発者となること自体は理解できるのだが、問題は理事会が常務会の構成員でもない渡辺二冠を三浦九段への聴取に同席させたことの是非である。

不正行為の調査で、告発者と被告発者に敢えて直接対話の場を与えるという方法は有り得るにしても、調査と決定を下す側、この場合常務会は両者それぞれから意見を聴取する必要があるだろう。少なくとも、被告発者の意見陳述の場が告発者込みの場しかなかったとしたら、聴取・調査の公平性に関して疑問が残る。

さすがに渡辺二冠抜きで聴取する機会も理事会は設けていたことを期待したいが、渡辺二冠の同席という報道に接して、理事会は当事者である告発者・被告発者それぞれから独立した、中立公平の立場で判断を下す権限を独占する立場にあるということに、どれだけ自覚的なのかという点には率直に言って不安を感じざるを得なかったところである。

まさか常務会が意思決定にも渡辺二冠を加えるという一方的な欠席裁判を行ったとは考えないが、渡辺二冠が三浦九段の説明に納得出来たか否かを大きな判断要素にした可能性はあるのではないか。

前回の記事にも書いたが、棋士が相手棋士の不正行為で敗退したと感じたことを理由に疑義を申し立てること自体は自由であるし、当事者として被告発者の説明で納得できないと主張することも、それこそ橋本八段なみに感情的な意見を表明することも否定は出来ないが、告発者自身は不正行為の立証と処分の決定に加われないという点は言うまでもない。

今回の事例では、当然理事会が告発者と被告発者双方からの聴取に基づいて立証と処分の決定を行う権限と義務とを有する訳だし、その辺りについては西尾明六段もチェスの事例を紹介しながら告発者と被告発者双方のバランスに言及しているけれど、現状では理事会は三浦九段の説明では疑義について納得できないと、何だかまるで告発者の側にいるかのような、あるいは告発者側に判断を委ねているかのような姿勢ではなかろうか。渡辺二冠がそういった見解を示しても何ら差し支えないが、理事会には渡辺二冠とは違った責任があるはずである。

既に渡辺二冠同席の点だけでもかなり書いていることだが、理事会は責任を以て結論を示して決定を下し、不正行為の立証→処分か、不正行為の否定→疑義の却下かを下さなければならない。ところが理事会は休場届を巡る3か月の出場停止処分を唯一の決定とするつもりの如く、追加聴取は行わない、結論の提示はない、という島九段の追加会見であるのだから、当方は理事会の見解と姿勢にさすがに呆然とした。

理事会に多少同情的な要素として、竜王戦七番勝負の挑戦者が三浦九段であり、竜王が渡辺二冠であることから、竜王戦七番勝負の前に決着を図る必要が在ったという点は挙げられる。

しかしそれでも、理事会は不正行為の認定か、疑義の却下かの結論を出さなければならなかったし、それを行うための時間は、竜王戦の挑戦者決定戦や七番勝負の延期でも、徹夜続きの議論でもいかなる方法でも作り出さなければならなかったと考えるし、結論が出なかかったのならば不正行為の立証の失敗を認めて疑義を却下すべきだったのではないか。

現状の、そして今後理事会が取ろうとしている、疑惑を灰色のまま公表・放置して、一時的に被告発者を出場停止としてタイトル戦に出場させないことでタイトル戦を実施する、という措置は短期的には一見現実的あるいは穏健な手に見えるのかもしれないが、長期的にはこれぐらい説明の尽かない結着もないと考えざるを得ない。

まず将棋界以外に対する影響という点では最悪である。不正行為を行った棋士が特定されて、連盟から処分されるのならば一部は真っ黒にしても残りの部分の白が確保されるが、灰色の疑惑では特定の棋士に限らず連盟の調査・処分も疑問視され、将棋界の評価の低下は避けられない。

部外者としてやや極論めいているのかもしれないが、この灰色の疑惑を消して白か黒かをはっきりさせる為だったら、連盟理事会は竜王戦の延期ないしは中止ぐらい決断したって、読売新聞社等への金銭面等で一時的に厳しい状況に陥ったとしても、安い投資だったとさえ思えるぐらいである。1回のタイトル戦の実施、七大タイトル戦最大の棋戦の存続をも上回る損失につながる、将棋界とプロ棋士の全体の信頼に関わる程疑惑は大きいのではないか。


そして不正行為が全く無かった場合、灰色扱いして公表することは被告発棋士に対する決定的な加害であり、原則的には黒と立証できない場合は白扱いする必要がある。

こう書くとそんな刑事裁判並に厳格な、という感想もあるようだが、少なくとも連盟理事会は今回の不正行為の立証で黒の立証を行うことの困難性は百も承知だったはずである。それは疑惑と前後して、スマホの所持自体と金属探知検査に関するルールを導入している点で、このルール制定前に客観的証拠で処分を行うことの難しさを逆説的に示している。

ウェブ上の議論で、連盟理事会のこれまでの不正行為対策が不十分だったことが自ら首をしめたと評される理由もその点にあると言える。スマホの所持と使用あるいは一定時間以上の離席等について制限するか禁止するルールを制定していれば、今回の疑義はスマホの所持の有無で立証可能だったし、一定時間以上の離席の時点で時間切れ負けと同様にある程度は機械的に不正行為の要素を排除出来たのは確かである。

ルール制定直前とはいえ、タイトル戦挑戦者に対する灰色を放置するのはどうかという議論に対しては、一度灰色を黒としてしまうことは今後に禍根を残しルール自体の崩壊につながりかねないという問題の方が大きいと言わざるを得ない。今後、客観的証拠抜きに棋士が処分される可能性を排除するという点で、現行ルールでの立証が困難だったら疑義を却下し新ルール下で経過観察としても良かったのではないか。

くどうようだが、灰色を白扱いすることよりも、黒か白を灰色扱いにとどめることの方が、大いに問題を有している。将棋は誰がどんな手を指したかということが盤上に明示され、棋譜が絶対的に残るものであり、将棋の偉大さも矮小さも興奮も苦悩もそこ抜きには成立しえまい。仮に自身の名前の入った棋譜にソフトの手をそのまま入れるなどという行為があったとしたら論外であり、将棋の棋譜の絶対性を自ら損なう行為であって即除名して差し支えないだけの棋士としての大罪と当方などは考える。

ところが将棋を制度的に保障することを目的とする連盟が、そのような大罪を処分できない、あるいは無実の棋士にそのような大罪の疑惑だけを押し付けて事足れりとするのは、余りにも棋譜に残る一手の真実性に対して無頓着な、将棋に対する冒とくではないのだろうか。将棋ソフトの台頭や不正行為の有無以上に、一体棋士達が将棋の根幹をどのように考えているのかが今回の一件を観るに思いの外はっきりしない、という点にこそプロ将棋の危機を感じざるを得ない。

将棋の一手が全て真に棋士によって指された、と述べられないまでも、たとえその点で不正の事例があったとしてもそれを批判しその他の事例の真正を保障する、あるいは疑惑の事例があったとしてもその黒白をはっきりさせようとすることには価値があるだろう。

たとえ一度タイトル戦が中止になろうが、主催者を怒らせて棋戦が1つ潰れようが、団体が1つ分裂・解散しようが、それでも棋士たちには棋譜の一手の真実性にこそ徹底的にこだわって欲しい、と感じるのは一ファンの勝手な願望に過ぎないのだろうか。