はてなブックマーク別館 稲田朋美防衛大臣の就任会見に関する質問

 稲田朋美防衛大臣の8月4日午後の就任会見については、各種媒体で報道も為されているし、防衛省側でも会見の文字起こしを防衛省・自衛隊:防衛大臣臨時記者会見 平成28年8月4日(17時14分~17時42分)として公開している。

 既に稲田朋美防衛大臣が、誤解を払拭したいと語った直後、持論の封印に失敗 - 法華狼の日記という記事で、id:hokke-ookamiさんも全般的な問題点と、稲田防衛相の「百人斬り」事件に関する認識について批判を加えている。

 はてなブックマーク上でも既に数か所で議論が為されているが*1、稲田防衛相への歴史認識関連の質問を行ったメディアを批判し大臣の回答を評価する意見まで見られ、当方としてはむしろ各メディアの質問はなお不足気味であるという前述のhokke-ookamiさん記事に賛同しているくらいなので、以下では思いつく関連質問を数点あげ、稲田防衛相への疑問を提示しておく。


Q:大臣は、日中戦争から第2次世界大戦にいたる戦争は、侵略戦争だと思いますか。自衛のための戦争だと思いますか。アジア解放のための戦争だと思いますか。
A:歴史認識に関する政府の見解は、総理、官房長官にお尋ねいただきたいと思います。防衛大臣として、私個人の歴史認識について、お答えする立場ではありません。
Q:防衛大臣としての見解を伺いたい。
A:防衛大臣として、お答えする立場にはないと考えております。

では、防衛省自衛隊には歴史認識はないのでしょうか。完全に「総理、官房長官」の「政府の見解」と同一であるとお考えなのでしょうか。

そして、「政府の見解」で防衛省自衛隊内部の歴史認識を仮に統一するのならば、その指揮監督に当たるのは防衛大臣の職務権限に含まれるのではないですか。

防衛大臣は、安全保障政策及び自衛隊の指揮監督にあたり、当然安全保障政策の歴史や自衛隊の歴史についての認識を踏まえて政策の立案・実行に当たるべき地位と考えますが、十五年戦争に関する歴史認識はなぜ防衛大臣にとって不要な、「お答えする立場にはない」ような認識に当たるとお考えなのでしょうか。

もっと具体的な事例を挙げるならば、過去に田母神俊雄航空幕僚長が、統合幕僚学校長を務めていた際に同校で自衛官向けに「歴史観・国家観」という講座を設け、その講座に「新しい歴史教科書をつくる会」の関係者などを講師に招き、明らかに「政府の見解」と異なる内容を自衛隊内で、勤務時間中に、公金を用いて自衛官に広めていたということが過去に実際にありました。

今後防衛大臣として、こういった事例についてはどう対処するおつもりなのでしょうか。「政府の見解」は首相、官房長官から発表されているから、防衛大臣歴史認識とかかわる立場ではないからと静観されるおつもりでしょうか。

統合幕僚学校防衛大学等の自衛隊内の各種学校防衛研究所での研修・戦史教育について、防衛大臣文民統制の責任者として、「客観的事実」に基づき、勿論大臣の「個人の歴史認識」を単純に反映させるのではなく、学術研究の成果や社会通念をふまえ公正中立なものとするように監督する必要があるとはお考えにならないのでしょうか。

Q:かつて、総理大臣が一国のリーダーとして、堂々と公式参拝するべきだというふうにおっしゃっていましたけれども、それとは考え方が変わったということですか。
A:変わったというより、本質は心の問題であるというふうに感じております。
Q:そのときには、総理大臣は行くべきだというふうにおっしゃっていた訳ではないですか。心の問題だというふうにおっしゃっていないではないですか。
A:そのときの私の考えを、ここで申し上げるべきではないというふうに思います。また、一貫して、行政改革担当大臣、さらには政調会長、もうずっとこの問題は心の問題であって、行くとか、行かないとかは、お話しはしませんけれども、安倍内閣の一員として適切に判断をして行動してまいりたいと思っております。

えーと国会会議録検索システムで私の調べたところ、2010年10月に稲田朋美衆議院議員御自身が衆議院本会議で、当時の菅直人首相に代表質問した際には、菅内閣の閣僚が誰も靖国神社に参拝しなかったことも含めて同内閣の安全保障政策を批判されていたのですが、あれはなんだったんでしょうか(国会会議録検索システム - メッセージ)。

最後に、今回の尖閣問題は、日本国民と政治家にさまざまな教訓を残しました。政治の究極の目的は国家国民の安全保障にあるということ、そして、領土を守るためには国民の覚悟が必要ということです。
 その意味で、総理が、六月の所信表明演説で、相手国に受動的に対応するだけでは外交は築かれない、時には自国のために代償を払う覚悟ができるか、国民一人一人がこうした責任を自覚し、それを背景に行われるのが外交であると言われたのは、まさしく言葉としては正しいと思います。しかし、総理は行動が伴っていません。有言不実行なのです。
 我が国の尖閣諸島の領有権を守るためには国民が自国のために代償を払わなきゃならないこともある、その覚悟なくして領土は守れません。たとえ尖閣日米安保の対象でも、自主防衛の気概なくして日米安保は意味がないということです。
 ことしの八月十五日、菅総理及び菅内閣の閣僚は、ただ一人も靖国神社参拝をしませんでしたが、いかなる歴史観に立とうとも、国のために命をささげた人々に感謝と敬意を表することができない国に、モラルも安全保障もありません。
 要は、言葉ではなく、守る意思と覚悟の問題です。その意思も覚悟もない菅内閣にこの国の主権も領土も国民の生活も国家の名誉も守ることができないことが明らかになった今、総理がなすべきことは、内閣を総辞職するか、一刻も早く衆議院を解散し、国民に信を問うことであることを申し上げ、私の質問を終わります。(拍手)

稲田大臣と安倍晋三政権にとっては「心の問題」で、民主党菅直人内閣にとっては内閣総辞職に値するだけの「モラル」と「安全保障」の問題であると、稲田大臣はお考えなのでしょうか。それでしたら、自民党政権と当時の民主党政権とに対するダブルスタンダードといいますか、あるいは御自身の本会議質問が「対案のない無責任な野党の批判」だったということにはならないのでしょうか。

また同じく、稲田大臣は野党議員であられた2011年7月12日に、当時の野田佳彦財務大臣に対して、総理大臣就任後は靖国神社参拝を行うのかどうか明言せよと、財務金融委員会で質問されたことがおありかと存じますが、いかがでしょうか(国会会議録検索システム - メッセージ)。

○稲田委員 いや、個人的にというか、総理になられたら集団的自衛権の行使は認めると明言をいただきたいと思います。
 今、政府の見解は、集団的自衛権は持っているけれども行使できないという、ばかげた解釈をいたしております。持っているものなら行使できなければならないし、日本が主権国家である以上、自衛権があり、集団的自衛権自然権として持っているものだからであります。
 では、最後に一問。
 野田大臣は、総理になられたら靖国神社に参拝されますか。(発言する者あり)

○野田国務大臣 なっていません、私、総理ではありませんので、そういう前提に立った御質疑にはお答えすることはできませんが、個人的には、私はいわゆる私的には何度も行ったことがありますが、政府の立場でそれをやることがいいかどうかについては、私は慎重な立場にならざるを得ないというふうに思います。

○稲田委員 最後の質問だけ、がっかりいたしました。
 仮定であろうとなかろうと、自分が総理になったら靖国神社に参拝するかどうか、政治家だったらこれは明確に答えなければならない問題だと私は思っております。
 また、たとえいかなる歴史観に立とうとも、自分の国のために命をささげた人に対して感謝と敬意を表することができない国のモラルも安全保障もないということを申し上げて、私の質問を終わります。
 きょうはどうもありがとうございました。

まあ人間だれしも間違いや成長ということはございますが、2016年に防衛大臣になられた稲田大臣にとっては明言すべきでないとお考えのことを、2011年に野党議員だった際は当時の野田財務大臣に「明確に答えなければならない問題」だと御批判されたことについては、現在どうお考えでしょうか。5年前の御自身の質問をお忘れになられたか、或いは覚えておられるのでしょうか。

Q:別件になるのですけれども、先ほど沖縄の件で、大臣は辺野古が唯一の解決策だというふうに従来の政府の見解を示されました。ただ、なかなか移設は進んでいない状況があると、この根本的な原因はどこにあるとお考えでしょうか。
A:まずは、普天間辺野古移設が決められた経緯でありますけれども、この問題の本質は、普天間飛行場が世界一危険な飛行場と言われ、まさしく市の中心部、ど真ん中、小学校のすぐ近くにあるということだというふうに思っております。そういったこの問題の本質を、やはり住民の皆様方にしっかりと説明をしていくということが必要であろうと思っております。そして、大きな議論の末に、裁判所で国と県が和解をして、和解条項が成立したわけでありますので、その和解条項に基づいて、今、国も提訴し、さらには協議も進めて行くのだということも説明した上で、誠実に対処していく必要がある、引き続き粘り強く取組んでいく必要があるというふうに思っております。

その「世界一危険な飛行場」が普天間に建設されたのは、十五年戦争の結果沖縄戦が起こり、沖縄を米軍が占領したという経緯による訳ですから、やはり防衛大臣の職務の前提には歴史認識は必要なのではないかと考えますが、それでもお答えする立場にないとお考えでしょうか。

Q:海外メディアは、大臣の歴史問題に関しまして、南京事件について御見解がいろいろあると思うのですが、聞きたいということと、防衛省の正式な見解では、非戦闘員の殺害、略奪行為をやったことは否定できないと。正しいか、いろいろな説はあるのでどれかとは整理はできませんとあるのですけれども、この見解についてはどう御覧になられますか。
A:私が、弁護士時代取組んでいたのは、南京大虐殺の象徴的な事件といわれている百人切りがあったか、なかったか。私は、これはなかったと思っておりますが、そういったことを裁判として取り上げたわけであります。それ以上の歴史認識については、ここでお答えすることは差し控えたいと思います。
Q:外務省の方の見解は、これは政府としての正式な見解ではないと思うのですけれども、どうお考えですか。
A:外務省の見解を申し上げていただけますか。
Q:南京入城の時に、非戦闘員が殺害、略奪行為があったことは否定できないと思われていますと。具体的なニュースについては、諸説あるので政府はどれが正しいか言えませんと。歴史のQ&Aのホームページ、外務省に書いてあるのですけれども、これはいかがでしょうか。
A:それは、三十万人、四十万人という数が、南京大虐殺の数として指摘をされています。そういった点については、私は、やはり研究も進んでいることですので、何度も言いますけれども、歴史的事実については、私は、客観的事実が何かということが最も重要だろうというふうに思います。
Q:この見解については、虐殺があったと。略奪行為。民間人の虐殺であったと。数は分からないと。この認識だと思うのですけど。これはお認めになるのですか。
A:数はどうであったかということは、私は重要なことだというふうに思っております。それ以上に、この問題について、お答えする立場にはないというふうに思っています。

南京事件については、既に「百人斬り」関連は別記事があるので省きますが、「三十万人、四十万人という数が、南京大虐殺の数として指摘をされています」という部分についてです。稲田大臣は、近年の日本の歴史学での研究の成果として、歴史研究者たちが「少なくとも15万人以上」という数字を挙げ、教科書叙述等にも反映させていることはご存知でしょうか。

御存知ないのでしたら、なぜ「重要なこと」についてかつて訴訟まで担当されたにもかかわらず学んでおられないのか、御存知の上で敢えて「三十万人、四十万人」という現在の通説よりも多い数字を挙げられるのか、また御自身はずばり15万人以上と考えておられるのか、それよりも少ないと考えておられるのか、どちらでしょうか。
そしてその御自身のお考えの根拠はどのようなものでしょうか。
また大臣御自身が、記者からの秦郁彦氏を挙げての質問に答えておられますが、秦氏の少なくとも数万人の犠牲者がいたとする見解についてはどのようにお考えでしょうか。

Q:慰安婦問題に関して聞きたいのですけれども、2007年に、事実委員会が、報告をアメリカの新聞に出したのですけれど、そのときは、大臣は賛同者として名前をつけたのですけれども、慰安婦は、強制性はなかったとコメントもあったので、今の考え方は変わっていますか。
A:慰安婦制度に関しては、私は女性の人権と尊厳を傷つけるものであるというふうに認識をいたしております。今、そのワシントンポストの意見公告についてでありますが、その公告は、強制連行して、若い女性を20万人強制連行して、性奴隷にして虐殺をしたというような、そういった米国の簡易決議に関連してなされたものだというふうに思っております。いずれにいたしましても、8月14日、総理談話で述べられているように、戦場の影に深く名誉と尊厳を傷つけられた女性達がいたことを忘れてはならず、20世紀において、戦時下、多くの女性達の尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を胸に刻みつけて、21世紀は女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしていくという、その決意であります。
Q:強制性はあったということですか。
A:そういうことではありません。そういうことを言っているのではありません。

これは防衛省の事務の方、「米国の簡易決議」ではなく「米国の下院決議」ではないでしょうか(8月6日22時過ぎ閲覧時点)。2007年の米国下院121号決議のことを稲田大臣は指しておられたのかと思いますので、大臣御自身の表現なのか、文字起こしが字句通りなのか、確認された方が宜しいかと存じます。

その上で、2007年のアメリカの下院決議は、別に「強制連行して、若い女性を20万人強制連行して、性奴隷にして虐殺をした」と書いている訳ではないということは、既に相当広く論じられている点で、下院決議の内容理解自体に問題があるのではないかと思われますがいかがでしょうか。

そもそも決議には「20万人」という数字は言及されておりませんし、「強制連行」という表現もありません(性奴隷制を強制した、という表現です)*2

これはいわゆる藁人形叩きというやつで、下院決議の従軍慰安婦認識がとんでもないかのように見せて御自身の御認識を正当化されようとはなさっておられませんか。
下院決議のいう強制性を認めるか否かという点が記者の質問にもある強制性の論点だろうと思われるのですが、「強制連行」と「強制性」の違いについてはいかがお考えでしょうか。



以上、私個人と致しましては、まだまだお聞きしてみたい質問は多いのですが、取りあえずはまずは会見に関連して取りあえず挙げておきます。

*1:例えば先のid:hokke-ookamiさん記事のブックマークはてなブックマーク - 稲田朋美防衛大臣が、誤解を払拭したいと語った直後、持論の封印に失敗 - 法華狼の日記や、ロイターの記事へのブックマークはてなブックマーク - 稲田防衛相、侵略戦争だったかどうか明言せず 歴史認識問われ | ロイターなど

*2:はてなではこちらに原文がありますし2007年1月31日付の米下院決議案121号 - 誰かの妄想・はてなブログ版、「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター編『「慰安婦」バッシングを越えて 「河野談話」と日本の責任』大月書店、2013年の巻末資料p2に全文訳が掲載されています。