上地隆蔵『新手への挑戦 佐藤康光小伝』

  • 上地隆蔵『新手への挑戦 佐藤康光小伝』NHK出版、2009年

 団鬼六編『将棋 日本の名随筆 別巻8』作品社、1991年と後藤元気編『将棋エッセイコレクション』ちくま文庫、2014年という2つの将棋随筆選集を手に取ると、前者は主に大山升田や中原米長までの世代を中心にしているからやむを得ないとはいえ、後者においてさえ羽生善治と羽生世代に関する文章というのは、存外収録されていないことに気付く。

羽生は別格とすると、それに次ぐ佐藤康光森内俊之の2人について取り上げた著作としてすぐに思い浮かぶのは島朗『純粋なるもの』河出書房新社、1996年(新潮文庫、1999年)ということになる。これは島研主宰者としての島ならではの、私小説的な物語として現在でもなお面白い読み物だけれども、もう少し離れた位置から、2000年代ぐらいまでの両者の変遷をカバーした企画として、NHK出版がこの2人の小伝を相次いで刊行していることは評価したい。

ただし、中身については、ほぼ聞き書きなのは理解できるとしても、「小伝」とはいえ一気に話がタイトル戦からタイトル戦へ数年飛んでしまうのは、ちょっと勿体ない読後感が残った。

むしろ充実しているのは、幼年時代や私生活であり、佐藤康光の場合は、結婚に至る過程とその後の家庭生活というなかなか単発の雑誌インタビューではカバーできない領域が結構突っ込んで記述されている。

雑誌連載記事を基にした前半に加えて、後半には自戦記が収録されているが、その代わりに伝記らしい附録がほとんどないのも痛い。最低限年譜は欲しいし、出来れば将棋棋士の伝記らしく、全対局の星取り一覧表が巻末についていれば、それだけで私などは多分言うことなしだったのではないかと感じてしまう。