菅谷明子『未来をつくる図書館』

  • 菅谷明子『未来をつくる図書館』岩波新書、2003年

 ジャーナリストである著者が、図書館司書でも図書館学の研究者でもなく一人の利用者として、ニューヨークの図書館で受けた新鮮な印象を大きな原点として編み出されている。
 著者の経験を踏まえた、ニューヨーク公共図書館に関する簡にして要を得たレポートとなっている。

 2003年に刊行されているが、データベース等の電子資料の利用についても記述しており、それ程古さは感じない。

 本書を読むと、アメリカ社会を背景として図書館が成り立ち、アメリカ社会に図書館が貢献し、アメリカの市民が図書館と接しているということが良く伝わってくる。
 例えば本書で触れられる、図書館での学びをばねに成功した企業家からの寄付や、企業からの多額の寄付などは、いかにもアメリカ社会らしい寄付の文化に基づいた図書館の資金調達事情と言えそうだ。日本のように、図書館で利益をあげようとしたり、本来企業自身も相応に負担するはずの人材育成や研究開発の為の資金を文化行政に丸投げしようとしたりする傾向とは、一線を画している様子が覗える。
 ツタヤ図書館の事例など、日本で進行する公共図書館の民間委託を論じる際に、本書の取り上げた多彩なサービスのみに注目し、そういったサービスを展開するという美点を強調するのは、本書が的確に伝えているアメリカ型の図書館運営の実情を無視した片手落ちとなりかねない。とりわけ最終的には図書館には一定の経費が必要であることを前提とし、その投資によって将来の無形の資産を形成することこそを図書館の目標とする経営戦略は、果たしてどこまで民間委託・民間資本導入論の中に取り入れられていると言えるだろうか。

 本書は優れたレポートであるとは感じるけれども、他方でアメリカの先進的情報サービス図書館対日本の旧来型貸出中心主義図書館という対比は、たとえ現状として日本にそういった図書館が多いとしても、敢えて言えば一面的に過ぎる評価ではないかと考えざるをえない。
 中小レポート以来の日本の公共図書館の経験の内最良のものとして前川恒雄と日野市立図書館の事例を念頭に置くと、貸出を中心とした図書館サービスの変革と同時に、児童サービスの重視や市政情報室の設置による地域・行政関連の情報サービスの展開等も行われていた訳だが、そういった日本における経験と著者自身・そしてニューヨークの経験とがほとんど交差せずに、引き裂かれてしまっているのではないだろうか。
 この日米比較の図式化は、一方では本書を生き生きとし論旨の明快なレポートとする活力を生んでいることも否定できないのだけれども、本書の報告を日本の公共図書館論議の中に活かす際の弊害となっているようにも感じられてならない。読者自身の方で本書と日本の公共図書館史に関する著作とを併読する必要があるのは残念だ。

 ともあれ本書はアメリカ・ニューヨークの図書館という1つの経験の姿を伝えてくれたのであり、今後これに続いて日本のローカルな場の、そして世界のグローバルな場の図書館のレポートが出されていくことを期待したくなる。