水谷優子『ケロリンな日々』

水谷優子ケロリンな日々』メディアワークス、1995年

1990年代、いわゆる「第三次声優ブーム」の頃に出た声優本の1冊、ということになるだろうか。

ただ、他の女性声優たちのエッセイ集がいかにも「アイドル」色が強そうなのに比べると、結構3枚目の部分もあって、3枚目寄りの2枚目半といったところがある。

自伝的な回想や挿話が中心で、意外に演じた役の話は少ない。永井一郎小原乃梨子辺りの声優本が、演技や演じた役に関する話が多いのと対照的。これは1つには、本文中にあるように、演じた役1つ1つにかなり公平な態度を本人が取っていることもあるだろう。

しかし、デビュー作のZガンダムのサラとか、出世作と言えそうなジリオンのアップルやナディアのマリーとか、かなり徹底的に具体的な演技・役の話を省いた構成になっている。

この本、どう見てもあかほりさとるとのラジオ番組の影響が強く、その内容の延長線上にあるというのは間違いのないところ。1ページ当たりの文字数の物理的な少なさから、大活字・擬音の多用まで、実は本で読んだことはないのだけれどあかほり色が見え隠れする辺りは、率直に言って評価を下げる要素となってしまっている。

ただ、じゃあ全くの「おバカ」な内容かと言えばそうではないというのが、出演作の話もしない、声優仲間との交友の話も余り書かない、という姿勢に反映されているように思う。

馬鹿馬鹿しい話は全て自身の話で、仕事や作品や共演者については、一切微妙な話はしていない。これは実に堅実で、本人なのか編集者なのかは分からないけれども、問題になりそうなことを何一つ書かないというのは、職業上の守秘義務という観点からしても、かなり頭を使った構成ではないだろうか。

もう1つ言えるのが、余りファンに媚びていないということ。この書きたいことだけ一方的に書いている感じがまた、なかなか腕一本の職人的。

学生時代にすでに活躍していた声優として紹介される吉田理保子麻上洋子等を除くと、唯一名前の挙がっている声優は堀内賢雄というのが、またなかなか面白い点で。

海といい劇団時代の失敗談と良い、何となく小田急線の印象が残る本。

しかし敢えて言えば、この本の内容そのままで本人の語りによるCD2枚組ぐらいのエッセイCDを出してみたらもっと面白かったのではなかろうか、とは感じてしまうところだったり。

発行メディアワークス、販売委託 主婦の友社という辺り、こののんびりした本の出版にも日本出版史に残る角川春樹角川歴彦兄弟の抗争が反映されていることが伺える。角川春樹社長に角川書店から追放された実弟角川歴彦主婦の友社の支援で立ち上げたのがメディアワークス、1993年の覚せい剤事件による角川春樹の失脚で角川歴彦メディアワークスから角川書店社長に復帰、というようなことがこの本の出る2年前の出来事だったという。