読んだ本 笠原十九司『ファミリー版世界と日本の歴史9 現代1 戦争と平和』

 12冊からなるシリーズの全巻を読み切った訳ではない私にとって、この巻自体の特色とシリーズ全体の特徴とを分けて取り上げることは困難であるから、基本的に本巻を単独の対象として記述することを断わっておきたい。
 
 とは言えシリーズ全体の特色についても少し言及しておきたい。
 まず本としての構成それ自体の特色として、イラストを多用しルビを振って小学校高学年から中学生ぐらいの「子ども」にも充分読めるようになっている*1。ただし内容を子供向けの単なる概説書と見て取ってはいけない。高校生向けの日本史と世界史の内容を薄めて記述したものではなく*2、学校教育上の学習指導要領や教科書などの枠からは完全に離れた独自の内容で書かれており、高校生から大学生、いや「大人」が充分に読める内容になっている。「子ども版」ではなく敢えてファミリー版と名付けられている意図もその辺りの特色にあるのではないだろうか。
 そして「世界と日本の歴史」であり、西洋史東洋史の組み合わせではなく日本史を含んだ世界史を構想している*3
 
 それだけにいくら「読みやすい」からと言って内容的には単純に「子ども」向けとしてのみも捉えられないので、どうもいきなり小中学生にこの本を薦めても、という気もしてしまう。世界史を習っている高校生くらいが適当ではないかという気もするのだが、例えば漫画版の世界の歴史や日本の歴史などを読んでいる小中学生に同時に読んでもらうと良いのではないかとも思う。
 
 例えば本書の内容は、19世紀後半からの朝鮮・中国・南アフリカキューバからハワイ・フィリピンといった地域の歴史を辿り、「帝国主義」の時代を描くところから始まっている。この点からだけでも、ヨーロッパとヨーロッパ側の政策や経済活動から語られがちなこの時代を違った角度から捉え直すという意図を感じさせられるが、敢えて言えば一度も帝国主義やヨーロッパの世界進出に関する話を聞かないうちにこういった内容を読んで本書のそういった観点と工夫がどこまで印象づけられるのか、多少疑問に感じてしまうところだ。近代ヨーロッパの帝国主義・資本主義・文化や技術についての基本的な話は省略されがちなので、どこか別のところでそういった話を理解しておくことが前提となってしまう。いわゆる「入門書」として本書をいきなり薦めることに躊躇する理由はその点にある。
  
 そうは言っても、高校世界史について或る程度の知識を得ている人間にとっても、本書の観点や個々の逸話はなかなか興味深い。例えば清から日本へ留学していた秋瑾と、徐錫麟とを巡るエピソードなどは如何にも「世界と日本」という観点を反映した話だろうし*4第一次世界大戦についても「アラビアのロレンス」の再検討からホルベックとスマッツによる独英の東アフリカでの戦いなどを取り上げている。
 ただしその反面戦中から戦後にかけては、ロシア革命期のロシア、西部戦線での戦いからワイマール共和国期のドイツ、講和会議から恐慌期にかけてのアメリカ、日本と中国、ガンジーらによる独立運動が高揚したインド、という重要には違いないし知名度もそれなりに高い地域が取り上げられ、いささかオーソドックスとも言える構成となっている*5。それでは1920年代についてどのような内容から歴史像を構成し、どのような地域から、どのような観点で描くのだろうか、という疑問の奥は深いように思わされた。

 
 いわゆる「通史」として、政治や外交、経済や文化などの事項が網羅的に取り上げられていることを期待する読者には、抜け落ちている事項の多い記述に感じられるかもしれない。ただ「戦争と平和」を中心に現代の出発点を振り返る際に、年代順に事項を網羅した年鑑風の書物がどれだけの意義を有するのだろうか。時系列の記述ではなく時代も地域も飛ぶ本書はおそらくはその点に対するある立場を提起していると思う。また本書が出版された後1990年代にはドキュメンタリー番組としてNHKの『映像の世紀』シリーズが製作されており、本以外の媒体での可能性も見られるようになった。本書のような記述を受けて、網羅性を重視する観点と歴史像を鋭く描く観点の双方からこの時代についての(「子ども」や中高生とも一緒に読むことも出来る)優れた記述の構想が望まれるところだ。 
 

*1:小中学校の図書室で見かけることもあったし、公共図書館でも児童向けコーナーに置かれていることもある

*2:こう断わらなければならない背景として、高校教科書などの内容から重要と「された」用語や事件を分かりやすくまとめただけの本が少なくないという現状があるとも言えそうだが

*3:巻末の編集委員会による「読者のみなさんへ」がこの点については語っているので参照して戴きたい

*4:著者の専攻は中国史だが、必要以上にいわゆる「中国史」や「東洋史」に固執せずに、「西洋史」や「日本史」を中心にした概説書では余り取り上げられない清や中華民国に関する逸話を織り込んでいる印象だ

*5:最も戦中のベルリン市民の生活、ヒトラー反戦博物館に尽力したフリーリッヒフリードリッヒとの対比といった内容は面白く、アメリカについてはサッコ・ヴァンゼッティ事件を詳述しているといった特色はあるけれども